Se connecter「出せ」
九条征哉がそう言うと日下部さんが頭を下げる。
「すぐに」
そう言って数人の部下が静かに入って来て、呻き泣いている多田を病室から引き摺り出し、日下部さんが一礼して扉を閉める。
九条征哉が溜息を一つつき、言う。
「美織……」
そう言いながら私の前まで来て、私を抱き締める。
「自分の命を粗末に扱うな……頼むからこれ以上傷を付けないでくれ……」
そう言う九条征哉に私は笑う。
「あんなに小さいナイフじゃ、死なないわ」
実際に多田が持っていたナイフは小さい。あれが刺さったくらいでは命に危険は無い。まぁ、私はそのナイフを自分の首元へ突き付けさせた訳だけど。私を抱き締めている九条征哉が何を考えてそう言っているのかは分からない。
せっかく手に入れた玩具を他人に傷付けられるのが嫌なのか…&hel
とても毒のようには見えないその透明で綺麗なサファイヤブルーの液体。私が手を伸ばしてその試験管のような入れ物に触ろうとすると、九条征哉がその入れ物をスッと上に上げる。「ダメだ」そう言われて九条征哉を見る。「どうして?」そう聞くと九条征哉が言う。「猛毒だ。お前には触れさせない」猛毒と言いながら自分は普通に胸元のポケットからそれを出したのに、私に触れさせないなんて。「それはどこで?」そう聞くと九条征哉が言う。「一ノ瀬華瑛のあの施設からだ。破壊工作が進んでいたが、かろうじてこれ一本が残っていた……まぁ、無くても毒の名前が分かっていれば精製する事は可能だが」不気味な程に青いその液体を見ながら考える。一体、華瑛は何を思っていたのだろう。「それから」九条征哉が私の手元の書類をまた一枚、めくる。「一ノ瀬華瑛と美織の母・香織の関係性についてだが」めくられた書類に視線を落とす。「……学生時代の友達……」そう呟くと九条征哉が頷く。「あぁ、そうだ。七倉家は代々続く財閥家。比較的、歴史が浅い一ノ瀬家や三崎家とは格が違う」そう言われて私は九条征哉を見る。「四季凪のようね」そう言うと九条征哉が微笑んで頷く。「あぁ、そうだな」九条征哉は手に持っていた青の永久凍土をまた胸元にしまって、言う。「だが七倉は四季凪のように家名だけを残して絶える家では無かったがな」確かに七倉の家名は今もまだきちんと残っている。そこで私はハッとする。「じゃあ、今、私のお母様の遺骨が一ノ瀬華瑛のあの部屋にあるとするなら……」そう言うと九条征哉が頷く。「そうだ、七倉家はかなり怒り狂うだろうな」そう言われて考える。「どうやって華瑛はお母様の遺骨を手に入れたのかしら」(一ノ瀬家のお墓は郊外にある……納骨はちゃんとした筈……?)お母様が亡くなった時、私はまだ幼かったから、あまり記憶には無いのだけれど、それでもきちんと葬儀はしたし、納骨だってちゃんと済ませた覚えがある。「美織の母である香織が亡くなって、比較的すぐに華瑛は瑛理香を連れて一ノ瀬家に入っている。さすがに四十九日が過ぎるまでは我慢しただろうが、出入りを頻繁に出来るなら、骨壺ごとすり替えてしまえば問題は無いだろうな」そう言われて、あの小部屋の写真を見た私は妙にその言い分に納得してしまう。「学生時代からの友人
買い物から戻って来た一ノ瀬華瑛と一ノ瀬瑛理香、そして木崎潤を迎える。たくさんの袋を木崎潤に持たせて屋敷に入って来た二人は満足気にリビングのソファーへと座る。「やっぱり、外は良いわね」一ノ瀬瑛理香がそう言う。「外に出て得られたものもあるし」そう言いながら鼻歌を歌っている一ノ瀬瑛理香を愛おし気に見つめる華瑛の、その瞳の奥にある狂気を私は既に知ってしまっている。あの部屋を見てしまったから。何と言うのか、この作られた感じは。「九条征哉の体調不良のニュースが駆け巡っていて、あっちでもこっちでも九条グループの行く末を心配している声が多くて」一ノ瀬瑛理香はそう言いながら華瑛を見ている。「今がチャンスなんじゃないかしら」一ノ瀬瑛理香が体を乗り出してそう言う。華瑛もそんな瑛理香を見て微笑む。「そうね、そうかもしれないわ」その時、リビングルームに入って来た人間が居た。瑛理香の婚約者になった高橋翔太だ。「瑛理香、九条グループの株価が下がってるぞ!」そう言いながら嬉々とした様子で瑛理香の隣に座る。この男は美織様の事を裏切り、裏で瑛理香と手を組んでいた悪辣な男だ。征哉様を嵌めた男でもある。眼光が鋭くならないよう、私は視線を下げる。◇◇◇その日の午後にはDNAの結果が出た。本来ならば結果が出るのは2,3日かかるが、そこは九条の力で急がせた。俺は手元に届いた結果を持って、美織の部屋に行く。「美織」呼びながら部屋に入る。美織は窓の外を眺めていた。俺はそんな美織に近付き、聞く。「何を見ている?」そう聞くと美織は空を見て言う。「鳥を眺めていたの」空を飛び回る自由な鳥を眺めていた、というのか。俺は美織を抱き寄せて聞く。「自由になりたいのか?」そう聞くと美織がクスっと笑う。「いいえ、私はあなたのものよ。それに」そう言って美織は俺を見上げる。「あなたなら空も飛ばせてくれるでしょう?」そう聞かれて俺も笑う。「あぁ、美織が望むなら、空だって手に入れてやるさ」美織はそんな俺に笑い、聞く。「それで?」聞かれて俺は手に持っている大きな封筒を見せる。「結果が出た」◇◇◇ソファーに座り、渡された大きな封筒を開ける。中に入っていた書類に目を通す。「まずは一ノ瀬家の血の流れだ」九条征哉がそう言う。「一ノ瀬恭介と一ノ瀬瑛理香の親子鑑定の結果は99.9
九条征哉が眉間に皺を寄せながら言う。「実はもう一つ、美織に話しておかなければならない事がある」そう言われて私は九条征哉を見る。「美織の母親である一ノ瀬香織の死に一ノ瀬華瑛が絡んでいる可能性がある事はさっき話した通りだ」九条征哉はそう言いながらタブレットを操作する。「一ノ瀬華瑛が所有している施設がある。調べたところ、一ノ瀬華瑛名義では無く、三崎華瑛名義での所有になっているが」そう言いながら九条征哉がタブレットに表示させたのは、私が入れられたあの施設から少し離れた別の山奥にある施設の写真……何だか倉庫のように見える。その施設の門の脇に名前が書かれている。「エンジェルスフォール……」天使が落ちる場所、そんなふうに感じてしまう。「この施設内を部下に確認させに行ったんだが、部下が入った時に大部分が破壊されてしまっていた……だが」そう言って九条征哉がタブレットを操作する。「その施設内から二つの毒が検出されている」タブレットに表示されていたのは検出された毒の名前。「一つはネペンテス、美織、お前に使われていた毒だ。そしてもう一つは……」表示された毒の名前。「シアン・ド・ペルマフロスト……?」そう聞きながら九条征哉を見る。九条征哉が頷く。「あぁ、そうだ。青の永久凍土と呼ばれる毒だ」青の永久凍土……そう聞いて、さっきの一ノ瀬華瑛の小部屋にあった、青い骨を思い出す。「この青の永久凍土っていう毒を摂取すると……」私がそこまで言うと九条征哉が言う。「骨が青く光る」(青く光る骨……)「今、一ノ瀬香織の死因を調べさせている」九条征哉がそう言う。お母様の死因……そう言えば私は聞いた事が無かった。病気だったとしか聞いていない。もし仮に一ノ瀬華瑛がお母様の死に関係していたとして。この青の永久凍土が使われたのは間違いないだろう。「青の永久凍土は自然発生的なものではないのよね?」そう聞くと九条征哉が首を振る。「有り得ない。合成しないと出来ない毒だ」(つまりこの毒はお母様の為に作られた……?)「一ノ瀬の家に送った者が入手した、その青い骨については、当然だが検査に回している」一ノ瀬家の暗部……見合いで出会った華瑛とお父様。華瑛はお父様に恋し、お父様はお母様と恋に落ちた。お父様とお母様は結婚し、華瑛は別の男と結婚して。お母様のお腹に私が宿った後にお
目の前に広がった小部屋の全貌。私は思わず足を止めてしまう。三段ほどの階段を降り、広がった世界は異様なもの、としか言いようがない。私はスマホを取り出し、その小部屋全体の写真を撮る。部屋全体に見知らぬ女性の大小様々な写真が飾られ、部屋の壁際中央に祭壇があった。その横にはピンク色の大ぶりな花がぶら下がっている。エンジェルストランペットだ。エンジェルストランペットはその植物全体に毒を持っている。誤食すればせん妄や幻覚、意識障害を起こす、危険な花。甘い香りが鼻を突く。(大ぶりな花は嫌いなんじゃ無かったの?)そう思いながら私はその小部屋を写真に収めて行く。祭壇の一番上に大ぶりな瓶が置かれている……それはまるで骨壺のよう……。そう思ってハッとする。その骨壺のような瓶の横には壁に飾られている女性の遺影のような写真。どこか見覚えのある顔……。(考えるのは後よ! とにかく証拠を)そう思い直し、私は部屋を探る。部屋の壁の奥、作り付けられているクローゼットのようなもの。そこを開く。中には服やバッグ、宝飾品がきちんと収められている。その写真を撮りながら、私は感じる。(ここだけ時間が止まったように感じるわ)そしてふと目に留まった写真。そこに写っていたのは壁に飾られている女性と並んで笑顔で写っている若かりし日の一ノ瀬華瑛だ。笑顔で写る二人の女性。(一ノ瀬華瑛とこの女性の関係って一体……)そう思いながら全ての写真を撮り終えて、私はスマホをしまい、一番気になっていたあの大ぶりの瓶に触れる。蓋が付いている。蓋を開けるとやはり、と言いうべきか中には人骨が入っている。(やっぱり骨壺なのね)そう思って蓋を閉めようと思った時、私はその骨が異様に青く見えた事に違和感を覚えて、中に手を入れ欠片を取り出す。私の違和感は間違いでは無かった。骨が青く光っている。(こんな事って有り得るの?)私は素早くポケットからジッパー付きの保存袋を取り出し、骨の欠片の中でも目立たない、けれどしっかりした骨を瞬時に選定し、保存袋に収める。(こんな不気味な部屋、長居は無用だわ)そう思い、慎重に骨壺を元に戻す。触れたものは骨壺以外には無い。誰かがここに入ったと知られれば真っ先に疑われるのは自分だろう事は分かり切っている。だから慎重に、慎重に元の場所へ寸分の狂いも無く、それを戻し、部屋を出る。扉を閉
「それから」九条征哉が続ける。「これは俺が独自に掴んだ情報だが」この人はまだ何か知っている。私は自分が薬を盛られて記憶の改竄をされていたと聞いただけでもかなりの衝撃だったのだけれど。「一ノ瀬瑛理香がロイゼンデリアの産婦人科に掛かっているなら、他の一ノ瀬家の人間たちも当然、ロイゼンデリアに掛かった事があると思ってな、だから一ノ瀬家全員のカルテを確認した」そう言いながら私の頭を撫でる。「美織の身体の状態を知る為でもあったんだが、そこで一つ、気付いた事がある」一ノ瀬家の何かを掴んだ、という事だ。「何に気付いたの?」そう聞くと九条征哉が言う。「さっき話した通り、一ノ瀬華瑛と一ノ瀬瑛理香は後妻とその連れ子。一ノ瀬恭介と一ノ瀬香織の娘が美織だ」九条征哉はそう言いながら私の肩を抱いていない方の手を空に差し出す。そこへ日下部さんがスッとタブレットを置く。受け取ったタブレットを私に見せる。そこには一ノ瀬家の人間たちの血液型が載っていた。それを見て、ピンと来る。「一ノ瀬瑛理香とお父様の血液型が一致……」九条征哉が頷く。「そうだ。だから仮説を立てた」そう言われて九条征哉を見る。「一ノ瀬恭介と三崎華瑛が見合いをした。その後、七倉香織に懸想した一ノ瀬恭介が三崎家との婚約を破棄する。一ノ瀬恭介と七倉香織は結婚した。そして美織が生まれる。この美織を妊娠している期間中、一ノ瀬恭介に何ならかの手段で三崎華瑛が近付き……」そう言われて私は言う。「関係を持ったなら……」九条征哉が頷く。「そうだ。それなら三崎華瑛が一ノ瀬恭介を取り戻したい理由に納得がいく」私は腕を組んで考える。「最初から三崎華瑛は自身の結婚相手の事を何とも思っていなかった……?」そう言うと九条征哉が頷く。「可能性は高いだろうな。見合いの時点で一ノ瀬恭介に惚れ込んでいれば、無い話じゃない」私は九条征哉を見上げる。「じゃあ、私と瑛理香は血の繋がった姉妹、という事ね」そう言うと九条征哉が笑う。「それを確固たるものにする為に、今、一ノ瀬家に人をやってDNAの採取をさせている」私と瑛理香が、血の繋がった姉妹……。お父様と見合いをした華瑛、そんなお父様が恋した私の母・香織。一ノ瀬恭介を自分だけのものにしたくてお母様を殺したかもしれない華瑛……。「何を考えている?」そう九条征哉に聞かれ
「及川は俺に接触をして来たんだ」あの時、及川はわざと裏口をウロウロとしていたんだろう。そうすれば私の部下が目を光らせ、自分を捕まえると確信していた。抜け目の無い男だ。「俺の方でも及川が美織を助け出していた事を把握済みだったからな。だから話は早かったよ」そう言うと美織が俺を見上げる。「及川は何て?」そう聞かれて俺は美織の頭を撫でながら言う。「及川から聞かされたのは一ノ瀬華瑛と一ノ瀬美緒の母親・香織との確執、だな」そう言うと美織が自身の口の中で何かを反芻している。「お母様と華瑛さんの間に確執……」俺は抱き寄せた美織の肩を撫でる。「一ノ瀬華瑛は随分と若い頃に一ノ瀬恭介との見合いをしている」美織が俺を見上げる。「お見合い?」◇◇◇九条征哉が頷く。「あぁ、見合いは政略的なところもあったんだろう。その後に一ノ瀬恭介が美織の母である七倉香織に一目惚れをし、華瑛の家である三崎家に破談を申し入れている」お父様がお母様に一目惚れをして……見合い相手だった華瑛に破談を申し入れる……。私たちの世代よりもひと世代前の話だ。見合いを破談にされたら、それこそ、傷物として華瑛の評判にも三崎家の評判にも傷がついただろう。それが相手側の一方的な都合だったとしても、だ。そして私が何故、華瑛にあれだけ冷たくされていたのかが、やっと分かった気がした。「一ノ瀬華瑛はその後、別の男と結婚して瑛理香をもうけたが、その結婚自体もかなり苦労したそうだ」自分との見合いをした相手が別の人と結婚して、幸せな家庭を築いている一方で、自分は捨てられた事で腫れ物扱いをされ、結婚すらままならない状況であったならば、捨てた相手やその想い人に恨みを持つのはごく自然な事だ。「美織の母親である香織が死んで、華瑛は一ノ瀬家に入る事が出来たが」そう言って九条征哉が私を見る。「その美織の母親の香織の死にも、華瑛は絡んでいるかもしれないと、及川はそう睨んでいる」そう言われて絶句する。「お母様の死に……華瑛が……?」九条征哉が頷き、私を抱き寄せる。「そうだ、だから今、調べさせている」お母様の死に継母の華瑛が絡んでいる……。◇◇◇一ノ瀬華瑛は狡猾だ。だが所詮は令嬢。普段から色々な事に気を配って生活をしているが、我々のような使用人は一ノ瀬華瑛の前では透明人間も同然で、居ても居なくても同じだ
及川との通話を切る。軽く溜息をつき、私は私の夫の元へ向かう。入るなと命じられている部屋に近付く。中からは嗚咽が聞こえる。私は静かに扉を開け、中に入る。部屋に入って来た私を見て、私の夫は視線を伏せる。私は夫に近付き、その肩を抱く。「火事は事故だったのよ……」慈愛を込めた声を装い、そう言う。「あの子の葬儀はもう手配しました。だから安心して、あなた」肩を抱いた私の手を握る、私の夫は泣き崩れている。「すまん……」夫はそう呟くように言って、肩を揺らす。私はそんな可哀想な夫を見つめながら、ほんの少し微笑む。部屋を出て、扉を閉めて。笑みが零れるのを我慢出来なかった。誰にも聞こえない声で
目の前で。オレンジの炎が燃え盛っている。夜空に映える炎のオレンジ色はその触手を天に伸ばし、更に炎自身が燃えるものを探している。炎の触手の先からは黒煙が立ち上り、夜空の星を覆い隠す。私を閉じ込めて、絶望の淵へ追いやった療養所という“檻”は、今はもう燃えながら歪み、崩れ落ち、灰と化して行く。「お嬢様」及川が私の横に立つ。「今この瞬間からお嬢様は灰になりました。もう一ノ瀬家の令嬢ではございません」全ては燃えて灰になった……私と一ノ瀬家の縁も、そして未練も全て燃えて灰になったのだ。思い出されるのは幼い頃の記憶――お母様が生きていた頃は……私もお父様に確実に愛されていた。お母様とお父様
及川は私を見つめ、頷く。「お嬢様、生き延びてください。それもあなたのお母様の最後の願いなのですから」そう言われて私はポロポロ落ちる涙を拭い、聞く。「私は、何をすれば?」及川が簡潔に言う。「時間がありません。今すぐにお嬢様のお召しになっている服とネックレスを外して頂けますか」及川はそう言って自分の足元にある遺体袋を見る。「この遺体にお嬢様の服を着せ、ネックレスをつけさせます。そうすればお嬢様は死んだ事になり、万が一にも生きている事が知られたとしても、その時にはお嬢様はここから遠い地へ離れている事でしょう」及川は私に紙袋を渡す。「着替えは中に」その紙袋を受け取る。漆黒のワン
目が覚める……。チカチカと視界が霞む。寝かされている場所は……色味の無い部屋……? (ここは……どこ……?)(昨日のあれは……夢だった……?)微かな希望だった。昨日の夜の事は私を襲った悪夢、そう思いたかった。けれど。







